死別後は転居した方がよいか

死別を経験した人へ
スポンサーリンク

大事な人が亡くなった場所に住み続けるか否か?

これもまた正解のない問いでしょう。
どちらもありですが、私の経験を書きます。

私自身は妻が亡くなる直前に転居しました。
実質的に死別後に新天地(といっても自分の地元ですが)で暮らし始めたグループと言って良いです。

妻の病状が悪くなり入院することにしました。
あきらめる気持ちはなかったですが、改善が見られたとしても時間はかかるだろうことは予想できました。
そのため家族みんなで、私の実家に戻ることにしたわけです。
子供も小さかったですし、生活を回すのも大変になってきていましたので…。

結果的にこの転居は、私にとっては良かったと思います

理由は「古い記憶に引きずられない」ことと「区切りがつけやすい」ことでした

思い出に引きずられない

転居せず同じ家に住んでいたら、部屋には妻と過ごした思い出がいっぱいです。
まだ元気だったころの思い出が積み重なった場所にいたら、その記憶にココロが引っ張られてしまったでしょう。
また、街角の風景や出かける場所場所にも思い出があります。
元気だったころの思い出もありますが、ゆっくり悪化していく過程の思い出もあります。
そのころに自分が感じた感情や葛藤なんかも含めて、常にフラッシュバックしたと思います。

それは結構しんどい時間だったのではないかと思います。

私自身、元に住んでいた街にずっと住んでいくつもりでしたから、去るのはイヤでした。
妻の入院のため、生活を立て直すためと思うからこそできたことで、去りがたかったです。

でも、じつは、ココロはとてもしんどさを抱えていたのだということが分かりました。

それに気づいたのは、妻が亡くなり1・2ヶ月たったころ、住んでいた街に遊びに行った時でした。
当時は仕事もせずに毎日呆けていましたので、子供がよく遊んでいた友達の家に行ったのです。
本当に好きな街でしたので再訪できるのは嬉しかったです。

駅につき、友人が迎えに来てくれました。
車に乗って友人宅(もともと住んでいた家の近所)に向かう途中、見える風景ひとつひとつにザワザワとココロを刺激するものがありました。
嬉しい半面、苦しくなるような、そんな感情でした。

正直、キツイと思いました。
まさか自分にそんな感情が湧くとは思ってもみなかったので、驚きました。

子供たちが小さかったのが救いでした。
子供たちは私の苦しさなどを感じることもなく、無邪気にワイワイやってくれましたので、そんな姿を見てることで気持ちを紛らわすことができました。

その後、数年たってから再訪した時には、ここまでの気持ちの変動はなかったです。
「懐かしい」という感情は湧きましたが、苦しさはあまり感じませんでした。
これが「時間が経つ」ということなのだと感じたのを覚えています。

区切りがついた

新しい場所にいることで、新しい時間をそこに積み重ねることが出来ました。
小学校から中学校へ進んでランドセルを置き学ランを着るようになるのは、新しい章が始まったことを強制的に知らしめる儀式のようなものでしょう。
私にとってそれは転居でした。
新しい形で生きていくのだと区切りがつきました。

もちろん、気持ちの上では引きずっていましたよ。
でも、やはり日々子供たちも含め新しいネットワークができていき、新しい世界に馴染むことで、前の時間を思い出にかえるのは引っ越さなかったのと比べ容易だったと思います。

まとめ

もしあなたが今、同じ場所にいることで過去に引きずられてしまっていて前に向けないと感じているのなら、転居もアリだとお伝えしたいです
思い出に浸っていられる幸せ、というのもあるかもしれませんが、それでも「今を生きていくチカラ」が乏しくなってしまっているのなら、転居はひとつの選択肢です。
もちろん、家族の人との相談や調和も大事でしょう。
死別を乗り越えるのは自分だけではないので…。

私たちが引っ越した時は子供には相談はしませんでした。
まぁ小さかったですからね。

そして実際に引っ越しして、死別を体験した当時一番感じたのは、子供たちの生きていくチカラんの強さ、でした。
当時6歳・4歳・2歳でしたから、お母さんの死を概念的に意識することはなかったと思います。
そしてその分、新しい生活に柔軟に対応できるパワーがありました。

新しい生活の中で、喜んだり、楽しんだり、哀しんだり、怒ったり…。
いつでも「その時」か「未来」に生きているんだなぁと感じました。
素直に明るい躍動感のあるチカラでした。
子供たちのその明日に向かうパワーのようなものに私も引っ張ってもらった気がします。

子供の年齢が違っていたらもっと違う様相を呈していただろうなぁと、こればかりは何とも分かりませんが思ったりします。

私たちは、死ぬまで生きていくことが大事です。
生きていくなら、良い意味で生きがいを持って生きたいです。
自分が死んだ時に、亡き妻に「君と別れた後にこんな人生を歩んだよ」と伝えられるような生き方をしたいです。
別に大きなことを成すこともないので、小さいながら自分らしく生きていけたらいいな、と思っています。

これを書きながら、10年くらい前にそんなことを思ったのを思い出しました。
書くことで思いが掘り起こされ、追体験できました。
嬉しいですね、ありがとうございます。

生きていきましょう。
人生は続く。

プロフィール
この記事を書いた人
めしたけ

首都圏のベッドタウンで鍼灸院をやっています。
鍼灸師キャリアは約20年。
短期の繁盛(=成功)よりも、安定継続(=失敗しない)を目指しています。
3人の子育て中のシングルファーザーでもあります。
開業・経営・生活全般など、あれこれ書きます。

めしたけをフォローする
死別を経験した人へ
スポンサーリンク
めしたけをフォローする
鍼灸院経営とひとり親生活のハナシ

コメント