死別後のおカネ(生命保険)の重みを感じた件

死別を経験した人へ
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配偶者を亡くして得るお金

パートナーを亡くした衝撃がまだ癒えない中、様々な手続きをしていかなければならないのは残った自分(家族)です。

手間はかかるので仕事などが忙しいとそれなりに面倒かもしれません。
…が、当時の私は仕事をしていなかったのでそのへんはラクでした。

得られるお金としての一番は「生命保険」です
これは任意保険なので、いくらもらえるかはその人次第。

私達の夫婦の間では、最初の子供が生まれた頃(死別の5〜6年前)に「保険」について少し話をしていました。
当然、当時は亡くなるなんてことは全くの想定外。
「ほとんど起こらないだろうけど、とりあえす・・・」というよく言う意味での「保険」の意味合いでしたが、二人の間では「死亡保障は残されたほうが1年間だけ働かなくても暮らしていける金額にしよう」というものでした。

理由は、どちらが生き残っても最初の1年くらいは気持ち的にも大変だろうから、その間は生活できる金銭的なセーフティネットがほしい。
でも、その後は残った方は懸命に働いてなんとか暮らしていく、というふうに考えたわけです。
当時は28歳と30歳の若夫婦の思考ですので、こんなものでしょう。
保険料負担も少なくしたかったし(そもそも使うつもりがなかったので・・・)、そのバランスから結果的には死亡保障金額としては400〜500万円程度にしていました。

あとは、ウチは国民健康保険(国民年金)だったので、「国民年金の死亡一時金」「葬祭費給付金」がもらえました。
ただ「死亡一時金」などは金額としても10数万円なので、葬儀やお墓関連の費用で無くなってしまう金額なので、ここでは割愛します。

予定通り得たお金

まさかこんなに早く死亡保障のお世話になるとは考えてもみませんでしたが保険金がおりました。
だいたい500万円程度です。

この金額が十分なのかどうかは分かりません。
そもそも29・30歳のときの保険ですから、加入していただけで御の字とも言えます。
今思えば本当に「1年間だけしのげる」金額だったな、と感じます(苦笑)

十分な金額かどうかは分かりませんでしたが、死亡保障について話し合っていたことは重要だったと感じています。
たとえ使う予定はないと感じつつだったとしても「自分が死んだ時に相手に残す金額」について話し合っておいた事実は、気持ち的に大事でした。

実際は自分が残される側だったけど、逆に自分が死んで妻が残される側だったかもしれません。
その時も同じような金額しか残せていませんでしたから、お互いに恨みっこなし、という感じです。
(※うちは共稼ぎ一家を目指していたので、どちらかが倒れても潰れないような心構えではありました。)

おカネの使いみち

当時は地元に戻ってきて、無職の状態で死別を迎えていました。
実家に居候していたので住居費はゼロでしたが、新生活の資金としては雀の涙ほどの貯蓄と生命保険のお金しかありませんでした。

さて、それをどう使ったかですが、最終的には「お葬式関連」と「車」と「開業費用」に当てました

お葬式関連とは、お葬式や四十九日の法事費用、仏壇・仏具の購入費などです。
車は、コスパのよい国産ファミリーカーの新車です。
新しい車は今後10年は乗る!つもりで買い、実際に今10年乗っていますが、まだあと5年は乗るつもりです(笑)
開業費用とは、仕事として鍼灸院の再開業を目指したのでその費用です。

おカネに込めた想い

このようにお金を使い始めて気づいたことがありました。
それは、このお金が「妻の命の対価」のような気がしてきたのです。

とくべつ物欲が強い方でもないので無駄に使うようなことはなかったですが、お金が減っていくことに対して罪悪感を感じました

本来は、生き残った方が生活を再建するためのおカネです。
使って無くなってしまったって良いはずです。
1年間は喪に服して呆けていても良いように1年分の生活費を残そうと決めたのですから、それは頭ではわかっています。

とくに鍼灸院関連の費用でその罪悪感を強く感じました。

再開業最初期は、全く売上が上がらず運営費として資金がドンドン減っていく状況でした。
はじめのうちは「開いたばかりだし仕方ない」と思っていましたが、しだいに「罪悪感」へと変わっていきました。

売上が上がらず、赤字が続く中で、「妻が命を落としたことで得たおカネをこんなふうにダラダラと減らしていって良いのか!?」と感じるようになりました
申し訳ない、と。

何をやっているのだ!?という強い焦燥と悔悟。
至らない自分に対する叱責。

生活を成り立たせるために残してくれたおカネだろ。このままじゃ、そのおカネが無くなっちゃう!
大事な、貴重な資産を無為に減らしていくことへの罪悪感は結構強く感じました。

そんな思いがグワッ〜と高まっていき、そこからスイッチが切り替わりました。
経営に対しては貪欲に取り組みだしたのです。
「言い訳するな、ともかく働け!」と。
今までも一生懸命やってきたつもりでしたが、それはまだまだ甘かったのでしょう。
経営について学び、実践し、行動していくなかで、売上も上がり(世間的には全然大したことないですが、自分としては)安定できたかと思っています。
とりあえず贅沢しない程度に日々の衣食住は賄えるようになりました。

おそらく自分のなかの勝手な思い込みなのでしょう。
おカネが命の対価なのではなく、そう思い込む自分がいるだけでしょう。
頑張る理由を探していただけなのかもしれません。
まぁ結果的にはそれが原動力になって経済的には安定したのは事実です。

もちろん経営的に上向いたのは自分の努力だと思います。
自分の努力が実を結んだのだ、と。

でも、やはりこの結果には「妻の想い」が乗っかっていると思えてなりません
見えない力で手伝ってくれたからこその結果だと思えます。

おカネそのものではなく、そこに込められた想いに共鳴するように、夫婦で作った結果だと感じることもしばしばあります。

この結果(売上)を安定継続できるかどうかは分かりません。
子供がある程度大きくなるまでは続くような気はします。
手伝ってくれなきゃ困ります(^^;)

ただ、子供が育ったら、妻の助力のパワーはなくなってしまうかもしれません。
あとはご自分の力でどうぞ、と(苦笑)
まぁその時はその時で、なんとか生きていかなきゃですね~。

死別後10年たち、すでになんとなくそのパワーが減ってきたような…気がしています(-_-)
頑張れ、オレ。

プロフィール
この記事を書いた人
めしたけ

首都圏のベッドタウンで鍼灸院をやっています。
鍼灸師キャリアは約20年。
短期の繁盛(=成功)よりも、安定継続(=失敗しない)を目指しています。
3人の子育て中のシングルファーザーでもあります。
開業・経営・生活全般など、あれこれ書きます。

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鍼灸院経営とひとり親生活のハナシ

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